【タイトル】
幻想〜水の中の美女
【作者】
平岡博幸様(熊本県宇城市)
【私の草枕】
美しき女性が水の中に横たわる場面を幻想で感じた―ミレイのオフェリアーを想い起こした場面―
【評価】
明確な視点があり、大胆な捕らえ方をしている。水の描写が非常にいい。波紋がよく描写されていて深さ、透明さも出ている。原画のおとなしい「オフィーリア」像にない、現代風に解釈された作品。
【タイトル】
りんろう、ほうろの夜
【作者】
池淵俊一様(福岡県筑紫野市)
【私の草枕】
小説「草枕」は夏目漱石の芸術、美意識の旅を描いた夢の旅の小説のように思う。特に那古井の宿に着いてからの画工が体験する心の動き、、夢現の夜に心を引かれる。小説中、心をひかれる言葉がある。「りんろう」「ほうろ」である。(文中より)このゆえに天然にあれ、人事にあれ、衆欲の辟易して近づきがたしとなすところにおいて、芸術家は無数のりんろうを見、無上のほうろを知る。俗にこれを名付けて美化という。その実は美化でもなんでもない。燦爛たる彩光は、炳乎として昔から現象世界に存在している。
【評価】
この作品は、タイトルを漢字で表す方が良い。「琳瑯または琳琅(りんろう)」と「宝■(ほうろ、■は王+路)」いずれも中国あるいは近東あたりで重宝がられた宝石、珠玉の意味である。「草枕」の世界で、絵描きが展開する芸術論の絢爛たる中に静かな輝きを持っているというものの象徴として、この宝石の名前がでている。そういうのをイメージした結果こういう絵になったのだろう。とにかくきれいな澄んだ色だ。現代絵画としても大変優れた作品である。
天空の煌きを星雲に重ねて「草枕」の中の世界を表現しようとしている。単なる漠然とした天空の描写ではなく、一つ一つの光点は一見無造作に見えるが、よくみると小さな点まで作者の表現の意図、構図が表れていて、奥行きの深いいい作品である。
【タイトル】
草枕幻夢
【作者】
宮島亜紀様(東京都足立区)
【私の草枕】
天の高みに消え逝く雲雀、椿の赤に染まる鏡が池・・・、漱石の美しく崇高なフレーズに導かれ、孤高の画工が描こうとした桃源郷の幻夢を私の内面世界に同調させ、私自身の「憐れ」を投影しました。
【評価】
ある種の夢幻の世界を視覚化した優れた作品である。半分天空、半分水中というイメージで、鏡ヶ池という構図。細かいところまで描きこまれた作品で、正に「草枕」の幻想的な世界を表している。完全モノトーンでもなく、椿に極薄くぼかした色付けしているのも、俗っぽさを排除して魅力的である。色によるバランスの崩れもなく、心憎い演出がなされた作品になっている。
【タイトル】
前奏曲:のぼり道 慈悲のふりしく 草まくら
【作者】
出井伸明様(京都府亀岡市)
【私の草枕】
主人公は驟雨の幕をくぐり、山里へと分け入って行く。これはまさしく、内なる世界への入口の情景である。そこで、彼は彼の王国の王妃となるべき女と出会う。彼の造形によるその姿は、既に彼に与えられていた「慈悲」の具現であった。
【評価】
全体が何となく朧な感じがするし、桃源郷のような現実離れした世界のような雰囲気を持たせている。菩薩のようないくつかの顔の配置など抽象的なイメージの捨てがたい作品。
天女か阿弥陀仏が現れるような世界を創造するようなイメージ。その姿を仕上げず、デッサンを残している手法がユニーク。途中か完成かわからないあいまいさが思索につながり、広がりもでてくる。小説の画工はとうとう完成作品は描かなかった。
【作品】【タイトルと作者】【評】
《タイトル》
春の夜



《作 者》
手嶋 瞳様
(熊本市)
「草枕」の中で月といえば観海寺の場面で、月が重要な要素になっている。大体は春だから朧月なのだが、読んだ感じでは、小説の中の月はあんがい鮮明に読者に訴えてくる。そういう意味で、この作品は、絵としても澄んでいて、空間があって、月の背景の色などもうまく出ている。
抽象的な深い背景空間の中に月だけが非常に具体的に描画されている。そっとドアを開けて空を見上げたときの驚きと感動がよく出ている。深々とした天空に浮かぶ月が、決して説明的でなく、効果的な位置に描かれているいい作品。
《タイトル》
憐れ



《作 者》
杉浦隆夫様
(愛知県田原市)
具体的に説明しにくい作品だが、どことなく訴える力を持っている。なかなか抽象的な中に考えさせられる作品になっている。
鏡を割って、表面に絵を貼り付け、それを覗く自分も作品の中に組み込まれてしまうという風に仕立てられた作品と思われる。そこを挟んで上下に宗教を象徴する梵字を淡青の単調なタイルで並べ、鏡の中に貼られた黄色や赤とうまくバランスを保っていい作品になっている。鏡を割ってはるなどという発想、企みが面白い。
《タイトル》
月夜



《作 者》
谷口博俊様
(宮崎市)
一見月並みな感じだが、人物が月でなく障子の方を向いて座っているのに注目する。「草枕」は思索、つまり読者に物事を考えさせる要素を多分に有するので、そういう観点からその意図も感じる面白い構図である。この作品のポイントは人物の位置と向きである。
澄んだ空気感の中に月と顔と足袋の白とがうまく配置され月夜の情景がよく出ている。普通は月を眺める構図だが、本作は障子を向くことで内なる自分を見ている、心を見ているというところが「草枕」の表現する世界に通じるところがある。
《タイトル》
空花



《作 者》
亀田洋隆様
(横浜市)
華やかな色彩、模様の中に配した人物の手と表情が思索する「草枕」を感じられる。小説の、鳥が鳴き、花が咲き、・・・という春の華やかな自然描写のように描きながら、内面の悲しみや苦しみや悩みなどをそれとなくはめ込んでいるような意味から面白い作品。
日本的な、友禅の世界のようだ。華やかさと内面の葛藤などが表裏一体となったような面白い作品になっている。
《タイトル》
崖向(がけむこう)へ



《作 者》
工藤明日香様
(熊本市)
自然風景を「草枕」世界の一場面と重ね合わせて表した水彩画。小説の情景を説明的に描かず、心象風景として描いたユニークで技術的にも優れた作品。
崖の持つ不安の要素が小説の印象と重なり印象深い。絵は申し分ないいい作品。
 

応募総数:43点

【総評】
今回は、そのほとんどが、よく「草枕」を読んでいるという印象が強かった。
作品の添え書きから小説をしっかり読み込んでいると思われ、特徴や捉えどころの良いのが多く見受けられた。
しかし、意図が良くても、美術コンテストとしては、それを表現する絵画の技巧が伴わなければ結果がでない。そのような残念な作品も多く見受けられた。その逆もまたしかり。
それでも、見ごたえのある、いい作品も多く、本展が意図するいい展覧会になってきた。
【審査員】
中村青史氏(草枕交流館長・文学博士)
宮崎静夫氏(熊本市・画家)