漱石・草枕の里
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 2005年4月24日、一般公開が始まりました。
 従来、「漱石館」と呼ばれ、「離れ」の一部屋のみ公開されていましたが、敷地の一部に残存していた「浴場」が2004年度に修復工事を終え、母屋を除く別邸敷地とともに、初めて一般に公開されることになりました。



▲CGで再現した前田家別邸の全景

別邸と当主・前田案山子(まえだかがし)

 旧小天(おあま)村湯ノ浦地区には古くから温泉が湧き、小天温泉として数軒の宿があり、前田家別邸もその一つでした。
 前田家の当主案山子(1828〜1904)は、幼名一角、元服後覚之助と名のり、槍の達人で、細川藩に指南として仕えていましたが、明治維新に際し、“農民とともに生きる”決意で案山子と改名。自由民権運動の闘士となり、干拓農地の免租運動などに奔走しました。明治11年(1878)、彼はここに別邸を建て、中江兆民や岸田俊子(中島湘烟)、中国革命の志士黄興など多くの同志が全国から来訪。時には大演説会も開かれるなど、さながら政治クラブの観を呈する中、請われるままに一部を温泉宿として解放しました。当時、小天温泉は熊本市街から最も近い温泉地であり、旧制五高の先生たちも好んで利用していました。
 案山子は、明治23年(1890)の第1回衆議院議員も務めました。
 明治30年(1897)の暮、当時第五高等学校教授であった夏目金之助(漱石)は、熊本での2度目の正月に同僚と二人でこの別邸を訪れ、離れに宿泊。「温泉や水滑らかに去年の垢」と数日間ゆっくり過ごしました。
 明治39年(1906)、漱石はこの旅をモデルに小説「草枕」を発表しました。作中、前田家別邸は「那古井の宿」、前田家は「志保田家」、案山子が「老隠居」、次女ツナが「那美さん」として登場。そばの第2別邸の庭池も「鏡が池」、八久保地区の本邸は「白壁の家」と書き、小天を「那古井」という架空の地名で描いています。
 当時の別邸は、敷地全体に配置され、段差を生かした複雑な様相の屋敷で、中庭を囲むように旅館棟の本館(木造3階建)、浴場、離れと母屋(住居棟)が回廊、渡り廊下で結ばれていました。本館と離れの一部はなくなり、母屋は建て替えられていますが、漱石が宿泊した離れの6畳間と浴場が現存しています。離れの6畳間は、昭和61年に修復。浴場は、平成16年に半地下の洗い場、湯漕を当時のままに保存、上屋が復元されました。


   
この建物から生まれた小説の名場面

現存する「草枕」の浴場
現存する漱石宿泊の「離れ」と回廊仕立ての建物配置
左が男湯、右(奥)が女湯。かって、右側には、釜で沸かす「上がり湯」が据えてあった

▲離れの6畳の部屋。今回の整備までは、ここだけが「漱石館」と呼ばれて一般公開されていた。
 「草枕」で、「画工」が入浴しているとき、湯煙の中に「那美さん」が手拭を下げて湯壷へ下りて来る情景が描かれています。この真相は、後片付けを終えたツナが「女湯がぬるかったので、もう遅いから誰も居ないと思って男湯にはいって入ったら、夏目さんと山川さんがいたので慌ててとび出した」のだそうです。
 湯壺は半地下に掘り込んで造られています。これは、当時ポンプなどがなく、泉源より湯漕を低くして流下させるためにとられたものです。手前が男湯、奥が女湯となっていますが、湯口は男湯側のみにあります。このために、湯温が高い男湯へ入ろうとしたツナと漱石の接近遭遇があの名場面を生んだもので、当時の世相の一端も窺えます。
 つまり、あの名場面はこの浴場の構造が演出した漱石の実体験から生まれたというわけです。
 半地下部分は、当時としては大変珍しく、貴重な人造石(セメント)仕上げとなっていて、漱石をして「石に不自由せぬ国と見えて、下は御影で敷き詰め・・・やはり石で畳んである。」と見間違わせたほどのものです。小説では4段と書かれた階段も実際は7段あります。
 「草枕」で、主人公が回廊を引廻され階段を上がり下りしたりする「那古井の宿」の描写はこの別邸の地勢を生かした建物配置から生まれたものです。離れは正面から見ると2階のように見えますが、実際は平屋で、縁側から直接庭に出ることができます。
現在残っている六畳の間に続いて4畳半の2部屋がありました。漱石らは4畳半の部屋と6畳の部屋を両方使っていたと思われます。
「徘徊する振袖の女」は6畳の部屋からは壁に阻まれて見えないのですが、4畳半の部屋からは中庭を隔てて母屋の廊下を見ることができます。



◆ちなみに、漱石来遊から100年の平成9年、天水町(当時)が建設した「草枕温泉てんすい」は、全体が前田家別邸の回廊仕立てをイメージした構造からなり、同別邸の浴場を模した半地下構造の「草枕の湯」も設けてあり、同別邸の疑似体験ができます。
 
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